「モナリザの微笑み」と人体解剖図
人体解剖を見極めようと、解剖に異彩を放った人にかの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチがいました。ダ・ヴィンチは勿論「モナリザの微笑み」や最近その絵が復元され業績がさらに讃えられている「最後の晩餐」などで良く知られています。「レオナルド・ダ・ヴィンチ伝」の中で、レオナルドの素描とその才能について次のように述べられています。「レオナルドは、ヒゲや頭髪をのび放題にした奇妙な風体の男にに出くわすと、その人物に熱中して終日後を付け回り、心眼に明確に焼き付けてから帰宅し、その人物が、あたかもそこに居るかのごとく、描くことができた・・・」。実際に記憶だけでどこまで正確に描けるかは問題であるが、レオナルドが正確無比な描写を行うことができた、希有な才能の持ち主であったことが、この表現から読みとることができます。この素描の正確さは、芸術的なまでの正確さであるというのが特徴です。
ダ・ヴィンチは西洋美術の発展上、重要な人物であり、ルネッサンス芸術の創始者であると見なされてきました。その彼が、実は歴史上類い希な洞察力と観察眼を兼ね備えた解剖学者の一人であったのです。 二つの素描は「レオナルド・ダ・ヴィンチ、人体解剖図」と題された女王陛下のコレクションからとったものですが、心臓の内部に肉柱や四つの部屋を仕切り血液の流れを一方通行にしている弁がありますが、この肉柱や三尖弁を初めて図示したのは、このダ・ヴィンチなのです。実に優れた観察眼と描写力に驚嘆させられます。解剖学に関するレオナルドの仕事について当時の医師はこう書いています。「さまざまな関節や筋肉が自然の法則に従って屈伸する様を描くために、彼は医学校で罪人の死体を解剖し、この作業の非情さや気味悪さを気にかけなかった。そして最小の血管に至るいろいろな器官全部と骨の構成を極めて正確に図示した。」
当時は、死体の解剖は卑しい仕事とされており、医師は壇上の上から指示しながら解剖がされていたことを考えるとダ・ヴィンチの旺盛な科学的探求心に敬服せざるを得ません。しかし、かのダ・ヴィンチも心臓図では、右の心室と左の心室を分けている心室中隔に交通路があるかのように素描しており、「血液は循環する」というウィリアム・ハーヴェイ(1578ー1657)に先んじた発見をすることはできなかったのです。 |